大日本人

見た。現実の世の中に存在するヒーローである大日本人は、時代の流れから人々から軽く忘れられる存在、いやむしろ人々にとってウザイ存在になりつつも、真剣に、人々のために、街に出現する獣と戦っていく、という話。
見る前にテレビブロスのインタビュー記事を読んだんだけど、その中で何度か「切ない」という言葉が使われてて、松っちゃん自身の言葉の中にも、

「(省略)ただ、切ないけども、切ないで終わってしまうとただ悲しさだけなので、そこに何か笑いが加わることで哀愁みたいなものが出てきて、僕はやっぱり、その登場人物のファンになるんでしょうね」
テレビブロス 2007・11号より引用)

とあったのだが、確かに切なかった、と思う。まず家。荒れた庭に散乱するゴミ。今は使われていないのが容易にわかる、薄汚れた箱ブランコ。微かに風にゆれている。家の中は色々なものがあちらこちらに積み上げられていて、一人所帯であることを見るものに理解させ、昔の大日本人の栄華の残滓である大日本人グッズは、部屋の隅のほうにほこりを被って静かに鎮座している。次に大日本人。人々のために獣と戦っているにもかかわらず、迷惑、だとか、あれはないでしょ…、などと虐げられる。ヒーローというものはそれが当然のものになってしまったらもはやヒーローではなくなってしまうのだ。しかしそれでも彼は一人戦い続ける。一人で。孤独に。そして爺。作品中には数多くの爺が登場する。爺たちは仕事をしたりインタビューに照れたり合奏したりボケたり戦ったりする。なぜかはわからないけど、そんな彼らを見てるだけで少々の面白さとともに何かこう、胸にこみあがってくるものがあるのはなぜなのか。と、まあそんな具合に全体的に切なさの漂う作品であるのである。
が、しかし。上で引用したインタビューのなかに、「そこに何か笑いが加わることで哀愁みたいなものが出てきて」という箇所があるけれど、そのエッセンスとなるべき「笑い」がちょっと微妙な感じだったため、結果全体としても曖昧で微妙な映画になってしまった、というのが僕の印象。いやーCGはシュールすぎるよ。あんまり喋らないし。木更津キャッツアイ日本シリーズでも最後のあのCGモンスターはいらないんじゃ…と感じたし、UDONのCGもかなりアレだったという記憶があるから、CGって使い方が難しいよなあ、と思う。バトルシーンも全部実写でもよかったんじゃないか。やっぱり、笑い、の部分にかなり期待してた部分がかなりあったので、そこは残念だったなあ。