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獅子身中の虫

子供がフバーハを覚えたことにより、ブオーンを倒すことに成功。その後はさくさくと旅は進んでいたのだが、思いもよらぬところからそのさくさく感を遮る者が現れた。獅子身中の虫、である。マスタードラゴンを復活させるためにボブルの塔に向かったのだが、ボブルの塔周辺はなぜか非常に弱い敵ばかりが出現する。僕らがドラキーのドラきちと出会ったのも、まさにそこであった。平均レベル25のパーティーに対し、ドラキー×2という布陣で戦闘を挑んでくるのはあまりにも無謀であり、狂気の沙汰、と言っても過言ではないのだが、彼らは最後まで勇敢だった。戦闘終了後立ち去ろうとする僕らに、「もしよろしければ某も連れて行ってはくれないだろうか、きっと貴殿のお役に立ってみせる」といった眼差しを差し向ける1匹のドラキー。先程の彼の勇猛果敢な戦いぶりをみれば、彼の申し出を断る理由など何もない。我が物顔で馬車のスペースを多分に占領していたゴレムスをモンスターじいさんのところへと送り、ドラきちは僕らの一員となった。
ボブルの塔をクリアし、山の頂にある大神殿に向かった時に、悲劇は起こった。そこにいるラマダという中ボスを難なく撃破した僕らが先を急ごうとすると、ドラきちから「すいません旦那、もう少し待ってもらえますか、ちょっとレベルが上がっているところなもんで」という申し出があったのだ。そう、平均レベルの高い現在のパーティの面々はたかだか8000程度の経験値には何ら動じることはないのだが、彼はレベル1のドラキーなのだ。どんどんとレベルが上がっていく。その間、他の面々はただ待っているだけなのだが、子供、というものほど「待つ」ということができない種類の生き物はいないわけであって、子供(男)は「ねえ、お父さん。なんで戦ってもいないドラきちのレベルがあがるのを待ってないといけないの?」と言い、子供(女)に至っては「お父さん、これ以上待っているのは時間の無駄よ。あいつは捨て置いて先に進みましょう」とか言い出す始末。仕方がないので彼らに、慈愛の心、というものの大切さを説いたものの、一向に納得しない。ようやくドラきちのレベルアップも終了した頃には、パーティの中には若干の不穏な空気が流れ始めていた。大神殿のボスであるイブールを倒したときにも全く同様のことが起きたため、その後、ドラきちをモンスターじいさんのところへ預けに行ったことは言うまでもない。
このことからは一つの教訓を学び取ることができよう。世の中の事柄には時分、つまりタイミングというものがあって、一度そのタイミングを逃してしまうと、後々に何かの拍子でそれに関ることになったとしても、結局どちらも不幸になってしまう、ということだ。モンスターじいさんのところに行き、モンスター達が収監されている檻の中にいるドラきちの声を聞く度に、僕はきっとこのことを思い出すことだろう。