どうでもいいこと、よくないこと

足が痒い。非常に痒い。不快すぎる。昨日述べた八ヶ岳の道はとても素晴らしき道だったのでありますが、如何せん虫が多すぎたという悲劇。特に蚊。多すぎ。どのくらい多いかというと、小一時間ほどその場に突っ立っていれば、体中のありとあらゆる血を吸い取られて出血多量で死んでしまうのではあるまいか、と思わせるくらいに多い。きっと滅多に人の通らない道ですから、汗をかきながらハーフパンツで自転車を漕ぐ人間は格好の獲物だったのでしょう。友人に聞いた話によると、銀河鉄道999の世界では既に蚊という生物は絶滅させられているらしいですが、そんな世界を僕も望みます。激しく希望。今もプロ野球チップスを食べ(ちなみにカードは新庄が出ました)、ビールを飲みながらこうしてキーボードを叩いている脇で、あの神経を逆撫でする低いとも高いとも言えない羽音が聞こえてきます。イライラ。ああ、マジで絶滅しろ、蚊よ! しかしそんなことを言っても、実際蚊が絶滅してしまったとしたら、生態系が崩れる→食物連鎖ピラミッド崩壊→地球滅亡、なんていうことにもなりかねないので迂闊にそんなことを言ってはいけません。カオス的に、些細な違いが決定的な違いを生み出してしまう場合もありうるわけですから。自分の血を少し吸われてちょっとだけ足が痒いだけで地球が滅亡しないで済むのであれば安いものだ。……と、そんなことを思いながら、今さっき足に止まって呑気に僕の血を吸いやがっている蚊をティッシュで叩き潰してやりました。ざまあみろ!因果応報だ!はっはっは。
今日は授業終了後、部室で後輩とダラダラと喋る。「どうでもいいこと」と「どうでもよくないこと」についての話をした。とりあえずの結論としては、世の中のほとんど全てのことは基本的に「どうでもいいこと」であり、「どうでもよくないこと」なんてものは限られている、ということになった。「どうでもよくないこと」というのは例えば、自分が人間の自分であるという意識を保ったまま突然虫になってしまったり(「変身」のザムザのように)、ある日自分の住んでいる家がなくなってしまった、あるいは世の中からありとあらゆる食べ物が紛失してしまった、と、いったような、自分の生活に直結するようなこと位しかない。逆にそういったことが起きなければ(大抵の場合、起きない)、まあ普通に死ぬことはないし、ひとまず生きていくことが出来る。そのように考えてみれば、色々なことに対してもっと気楽に立ち向かうことが可能になるし、どうでもいいことは放っておいて面白いことのみにただひたすら邁進出来るのではないかと思う。……と、まあ、そんな風に思考のみはただただ突き進んで行くわけですけれど、実際の日常に立ち返ってみれば、そんなことを実践することはとても難しい。結局「どうでもいいこと」に足をすくわれ、転ばされ、もがき、苦しむ。「どうでもいい」はずなのにね。不思議だ。
しかしそれにしても足が痒すぎる。助けて!ドラえもん