無印
トラバを頂きました。ありがとうございます。僕の白薔薇愛が少しでも伝わったのであれば実に嬉しい限りです。この雑記も基本的にはほとんど自分のために書いているという部分が大きいような気がしますが、それでも自分の書いたものに対する何かしらの反応があればそれはそれで嬉しいという。そのような自分の考え方が実にその場しのぎ的な都合のいい考え方に思えてしまい、そんな自分が嫌いである一方で大好きです。意味不明。ちなみに、って、何がちなみになのかよくわかりませんが、僕も無印が好きすぎて困ってます。昨年秋のアウターを買いに行ったときなど、「よーし、パパ今年はいいアウター買っちゃうぞー」などと意気込んで、まるでおもちゃを買いに行く子供のようにわくわくしながらバイト代を握り締めて意気揚々デパートに突入したのですが、やっぱりというか何というか、その素敵なお値段にいつもようにショックを受けて、失意のまま階下にある無印に行ったところ、これまたいつものように実にファッショナブルかつリーズナブル(僕の主観的判断において)なアウターが鎮座しているではありませんか!もちろんそれを購入しました。で、予定額より安く買えているので、その後浮いたお金で漫画を買いました。僕はとても幸せな人間だと思います。
こういうことを書くと思うのは、僕は洋服に関しては無印で満足できる人間なので(無印がカッコ悪いけど我慢してるということじゃなくて、無印の服をカッコいいと僕は思えるからそれで十分ということ)、服に関してはそれほどお金をかける必要がなくていいけれど、いわゆるお洒落な人(言い換えれば無印で満足できない人、か?)は洋服にお金をかけなくちゃいけないから大変だなあ、ということです。いや、皮肉とかじゃなくて、こだわり、というものをもつにはお金がかかるよね、ということ。例えば僕ならば洋服にはそれほどお金をかけていませんが、その分漫画や小説やゲームを沢山買うのでそれには非常にお金がかかるわけです。それもまあ、こだわり、なわけで。要は自分の思うように自分のお金をそれぞれ配分しているんだから、そこには何の問題もないんですよね。当たり前のことながら。でも、なんでだか分かりませんが、そういうのにケチをつける人がいるから可笑しな話で、洋服にお金をかけている人を見て「あいつあんなに服にお金かけてるよ、バカじゃないの」っていう人もいれば、「あいつあんなに漫画とかゲームばっか買ってるよ、バカじゃないの」っていう人もいる。まあ、いる、っていっても別に統計とか取ってデータ集めてるわけじゃないんで、主観的な判断なんですけど、僕の感覚では、どうもそういう人が多いように思います。考えてみればどちらも、どこにお金をかけているか、が違うだけでさほど違いはないのに、何故他方(自分の理解できないもの)をバカにするような言動を取れるのか、理解できません。自分が満足してるならそこで終わってりゃいいのに、何で人にまでその価値観を押し付けようとするのでしょうか。個人、個人、と個人主義大好き的風潮があるように感じられますが(最近は某社長の逮捕とかでちょっと揺らいでるような気がしますが、っていうかその程度で揺らぐのかよって感じですが、ってまあそれはどうでもいい)、個人の尊厳なんて、少なくともないですよね。他人をバカにできるような人には。
ああ、こんなことを書いてる自分も嫌だなぁ。全くね。