午後
今日はクリエイティブというものの片鱗に触れることができたような気がした一日であった。ほら、よく「無から有を生み出す」という表現があるだろう。それである。ほんの数時間ほど前、目の前のB5版の用紙に描かれた、日本語と思しき、しかしまるで意味のわからぬ記号の羅列を解読せよなどという珍問奇問大疑問に直面した私は、顔面蒼白総毛立ち、色を失い背筋やら血管やらが凍りつき、口からぶくぶくと泡を出して現実世界から脱却しかけていた。そんなときに、私にクリエイティブの神様が光臨されたのである。クリエイティブの神様が乗り移った私は、無意味な文章を無である自らの中から創造し、頭の中に浮かんだそれを、一心不乱に、もうペン先しか見えない、というような勢いで頭の中から解答用紙へとトレースした。それは30分後に書きあがった。気がつくとクリエイティブの神様はいつのまにやらどこかへ行ってしまっていた。呆然とした私は、目の前の解答用紙を見やった。意味という鎖から解き放たれた、私の言葉が、そこにあった。それはただそこに在って、ただそれだけだった。意味という病を克服した、理解を超えた世界がそこに広がっていた。私はそれを見てにっこりと微笑むと、無言のまま立ち上がり、しかるべき場所にそれを置き、部屋を後にした。
外に出ると、朝から降り続いていた雨はあがっていた。目の前に白いドレスを着た少女が立っていた。少女は柔らかな髪とドレスの裾を風で揺らしながら私のことを見ていた。少女は何かを言いたげな表情をその小さな顔に浮かべながら、ただ、じっと私を見つめていた。――うん、わかってる。私にはまだやりのこした仕事がある。彼女の元に歩み寄った私は、彼女の手を取ると、ゆっくりと、左右に巨大な石像の並ぶ地下鉄の階段を下っていった。
私と彼女の姿はいつのまにか消えていて、午後であった。