こんな教育を受けたかった、いや、今からでも遅くない?(斉藤淳「10歳から身につく問い、考え、表現する力」)

米イェール大学で数年助教授として働き、その後衆議院議員を経て現在は中高生向けの塾を開催している著者が、イェールでの経験を踏まえ小学生からの教育について語った本。こういう本の論調としてよくあるのが日本蔑視海外礼賛というものでそういうのは正直読んでいて辟易しがちだけど、この本は日本の良さについても一定の評価をしつつ、しかし足りない部分があるのではないかという論調だったのですっと読むことができた。
語られている内容自体はそれほど目新しいものではないように思うんだけど、小さいうちから「自分の頭で問い、考え、表現する」ためにはここで書かれているようなことをするのが確かによさそうである。周囲の大人が子どもをどうフォローしていくのもとても重要。一次資料の重要性はほんとその通りで、特に社会人になってから二次資料、さらには三次資料ばかりに触れている自分には耳が痛い。今年は本を沢山読もうと思っているので、何点か古典にもトライしてみたい。
ところで、こういう教育の本を読んでいていつも思うのは、子どもだけじゃなくてもう既に子どもを通り過ぎて大人にまでなっちゃった人(=自分含む)ももっとフォローしてもいいんじゃない、ということである。「いや、そんなの自分でやれよ」というのはもちろんそうなんだけど、例えば自分より少しあとのいわゆる「ゆとり世代」の人たちとか、好きでゆとり世代になったわけじゃないのに、割かしひどい言われようをされていたりすることがあるのでそれってあんまりじゃないかって思うのである。それに、国全体の生産性を高めていく、という観点からすれば、子どもの教育を変えるだけじゃなくて、もっと社会人が働き始めてから必要に応じて学問を修め、再度それを社会に還元していく仕組みがあってもいいんじゃないかなあ。