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地震後

3月11日の地震の日は家に帰れず会社に泊まり、次の日に自宅に戻ったら液状化で大変なことになっていたので、とりあえずそこから電車で30分ほどの実家に戻り今はそこで生活をしている。新聞やニュースを見ると東北のほうは本当に大変だと思う。が、正直言って僕にできることなんてないので、ひとまず募金したりチャリティーTシャツとかそういうのを買ったりした。そのお金が本当に現地に届いているのかとか、そういうところまで追いかけることはしないけど、万が一どこかで変な風に使われてしまったとしてもそれが東北の人らの迷惑になるということはないだろう。それならいい。
しかし液状化というのは本当にすごかった。地震のあと、会社を出て日本橋駅の方へ歩いていたときには東京は特にそれほどの被害もなさそうにみえたのでまあ自宅のほうも大丈夫かななどと思っていたが全然そんなことはなかった。何だこれはと思った。道路も車も家の玄関も泥で埋まり、電信柱は斜めに傾ぎ、いくつかの建物は玄関先や塀ががらがらと崩れていた。写真を1枚撮ってみたが、それ以降は撮る気すら起きなかった。なんとなく撮ったらいけないような気がした。傾いだ電信柱の間でたるんだ線の下をくぐりながら自宅に戻った。自宅のドアを開けるときに2つの心配事があった。1つは買ったばかりのテレビが無事かどうか、もうひとつはたまたまその日は朝食べたそばのどんぶりを流しに戻さずテーブルに置きっぱなしにしていたので、それがテーブルから落ち中に残っているそばつゆがふとんやカーペットをよごしていないかどうかということだった。何をそんなくだらないことを…と思われるかもしれないけども、案外そういうことは気になるのだ。惨状を覚悟して玄関のドアを開けてみた。あれっ、と思うくらい部屋の中は無事だった。テレビも無事だし、物も何も落ちていなかった。そばのどんぶりもテーブルの上にそのままになっていた。ということは地震ではそれほど揺れたりはしなかったのかもしれない。ただ、水道とガスは使えなくなっていた。先週戻ったときもまだ使えなかったので、もうしばらくかかるのかもしれない。引越しをしようとも考えている。
あれからおよそ1ヶ月が経つ。平日は実家から普通に仕事に行き、休日はどこかに遊びに行くという普段となんら変わりのない生活を送っている。だけどあれ以来、自分がいままで住んでいた家や街があんな風になってしまうということが現実的に起こりうるんだなあ、と思うと、どうも普段の生活がふわふわしてきてしまっていけない。明日地震がきて家が壊れあるいは死んでしまうかもしれないのにお前はこれでいいのか?今のままでいいのか?とかね。まあ春の暖かさのおかげで毎日眠いしだるいのでそういうことを思ってるだけなのかもしれないけども。