安請け合いイクナイ。

合宿から帰ってきた次の日から、夏休みだけという条件で引き受けた個人塾のバイトで中学生に国語と社会を教えているのだけれども、社会はともかくとしても国語というのは一体どのように教えたらよいのか授業回数も半分を数えたというのにいまだわからず、それが悩みのタネとなっているために落ち着いて罪滅し編がプレイできないという、非常に由々しき事態に陥っている。社会はとりあえず覚えるべきところを整理して提示すればいいだけだと思っているので楽なのだけど、国語ではそういうわけにもいかない。一応問題を家で解いてきてもらってそれを僕が解説するという形をとってはいるが、自分でも正しい解説になっているのかどうかイマイチ自信がもてないのが正直なところである。昨日は試しにT○P式という参考書を参考にして、以前僕が通っていたK塾の国語の講義のように文章を表や図にまとめながら講義をしてみたけれど、大した反応はなかった。悲しい。あの沈黙が辛すぎる。空気が冷たいように感じるのは冷房が効きすぎだけが原因ではないのだろう。僕がやってる授業がつまらなすぎる可能性は大いにあってそれについては何の否定もできないけど、でも去年や一昨年は授業をやっていても、もっと生徒同士がお喋りしてたりしてうるさかったような記憶がある。うるさ過ぎるのも先に進まなくなるので困るといえば困るけど、沈黙よりはよっぽどいい。何か聞いても「わかりません」という答えが多いし。いつも「適当でもいいから何か答えを言ってみて」と言っているのだけど一向に改善されない。わからなくても何か適当に答えを言うということが何で出来ないんだろうか。僕が考えるに、おそらく勉強自体にまるで興味がないから適当に答えを考えることすらも面倒なのだろう。僕も大学で十分にその経験をしているからわかるけれど、まるで興味がないことに対して努力を払わなければならないということはかなり辛いことだ。だけど現実問題として、中学を卒業してからいきなり働き始める、と簡単にいってもその場合の就職が大変なことは自明だし、ほぼ100%が高校に進学するようなこんな時代にその道から外れるのはとても勇気のいることである。そういうことは中学生自身も多分わかっているから、たとえ「親に行けと言われたから」という消極的な理由であったとしても、休まずに塾に通ってくるのだろう。中学生も大変だ。そんな中学生を相手にする塾講という仕事も大変だよなあ、と思う。僕は塾講を本職にはしたくない。というかできないな、多分。だから時給の範囲の責任だけ果たしてさっさとこのバイトを終わらせてしまおう。そして「国語も教えられます」とかそういう安請け合いはもうやめることにしよう。たとえどんなに金がなくても。
今日ようやく合宿の荷物を整理した。溜まっていた洗濯物を洗濯をして、サイドバッグの中を掃除し、フロントバッグの中身を整理した。コッヘルも洗った。今回はまだ5日しか経っていなかったし、コッヘルの中に何も入っていなかったのでさほど臭気は酷くなかった。この合宿に出る前にコッヘルを洗ったときは、2ヶ月ほど放置してあり、開けた瞬間にこの世のものとは思えない腐臭がした。胃液が喉の奥からせり上がってくるのを感じた。確かそのことについてサークル会報紙に書いた文章があったなぁと思いながらハードディスクの中を探してみたらすぐに見つかった。せっかくなのでそれもここに載せてしまおう。

『モイスチャー過剰』 
「いるの」「えっ?何?」「いるの」「って、誰が?」「ここに」そう言って広末涼子扮するチヨは片手をそっと自らの腹部に添える。……嘘。竹之内豊が演じるリュウノスケの刻が止まった。嘘嘘嘘だろおい嘘だろうよ嘘に違いねえよコンチキショウ、お腹にお子様がってマジかよマジかよそんなドリー夢信じらんねえっての。想像妊娠、そう想像妊娠それだよ、そう!それ!それなんじゃねえのねえそうだよそうと言って下さいよチヨちゃんチヨチャン? しかしリュウノスケに突きつけられたのは病院での妊娠検査結果であった。バッチリ妊娠しております! バイ、名産婦人科医。チャララー、リュウノスケ放心。はてさて一夏のアバンチュールによって思いも寄らぬ方向に人生が動き始めようとしている遊び人リュウノスケ。彼は今後一体どうなってしまうのでありましょうか、まてい次回、ベベンベン。
 ってまあこれは今ちょうどテレビでやっていた「できちゃった結婚」というドラマのワンシーンなのである。何故その場面を引用したのかと問われると特にこれといった理由はないのであり、別にこのドラマが好きだとかそういうのでもないのであるが、強いて引用の理由というものを挙げようとあれこれ苦心するなれば、おそらく、新歓合宿の感想文を書くべし、と出版担当殿から言われて早一ヶ月、パソコンの前に座って、さあこれからシンカン合宿の感想文を書くんだデブー、と、ちびまるこちゃんに出てくるブー太郎の物真似に若干のオリジナリティを加えながら感想というものを書こうとしたところで、1ヶ月以上も前のことなど無知無学の私めが覚えている所存もございませぬ、ってなもんで、さあさあそれじゃあどうしようか、とマインスイーパーをしながらのんべんだらりと考えていたおり、たまたま点けていたテレビでやっていたのがこのドラマであった、ということなのである。理由になっていないような気分がしないわけではないが、つまり、一言で端的にまとめるとすればこういうことになるのではあるまいか。「つい、出来心で」そしてさらにそれを要約してしまえば、「ただ何も考えておりませんでした」と、そんな一文に集約されるのであった。ちなみに、要約の要約であるにもかかわらず、最初の要約よりも文字数が多い、という哀しき事実は、キミとボクの間だけの厳然たる秘密である。
 さて、そんなキミとボクの世界を構築することに成功したところで、そろそろ本論に移ろうかと思う。こんな腐れ駄文ならぬウンコ文であるけれども、一応本題というものを持ちえているのであり、それを伝えるためには一見すると意味のない前振りの文章が必要なのである。つまり、世の中には意味のないものなんてないんだよ、というこの世界における不変の真理をこんなものからも獲得することが可能なのであり、自分に意味なんてないんだ、といって自殺するような人間には是非この文章を読ませることをオススメする、ってそんなことは全くもって考えておらず、ただただ流れに任せてキーボードを打っているだけである。ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。そういうことである。1年の頃は色々苦心しながら文章を書いていたが、3年になって諸行無常の精神を悟るにまで至っているとは我ながら気がつかなかった。このサークルで活動してきたのも無駄ではなかったなあと、しみじみと思われる。
 さて本題だ。本題。本題に移る。要は何が大事なのかっていうと、震撼合宿もとい神官合宿もとい新歓合宿で僕のコッヘル(コッフェルじゃない!)の中に新しい生命が誕生したことがメデタイのである。実に目出度い。そして愛でたい。愛されるより愛したい。愛するよりも愛されたい。そんな気分だ。やはり何かが生まれるっていうことはとても素晴らしいことで、凄いことだと僕は思うのである。それがたとえ菌類だったとしてもね。そしてコッヘルの中に繭を形成していたとしてもね。
(挿入)僕らが生まれるずっと昔、日本という国を支えていたのは生糸だった。養蚕農家から搬入される良質の繭が、製糸工場にて生糸として紡ぎだされていく。日本製の生糸は良質だと評判になり、外国へ次々と出荷されていった。このようにして国内産の繭によって外貨を獲得することの出来た日本は、近代国家へと成長を遂げたのだった。繭が生糸に生まれ変わっていく瞬間というのは、日本が近代産業国へと生まれ変わっていく瞬間でもあったのである。(挿入終り)
 そういうことです。今の日本は繭によって出来ているといっても過言ではないのです。繭国家なのです。体は繭で出来ているのです。それゆえ、たとえコッヘルを開けた瞬間にもわーっと納豆がさらに腐ったような香りが鼻を貫いたりコッヘルの中は中でドブ水のように濁った液体がゆらゆらと揺らめいていたりその昔は「ご飯」と呼ばれていたであろう物質が突然変異でも起こしたのか黒と灰色と茶色の混ざったような色の沈殿物となってそのドブ水の中に沈んでいたりしていたとしても生命というものは大切にしなければいけないのです。そういうものなのです。その昔お釈迦様はこんなことをいいました。「あらゆる生き物は生まれ変わるのです」だからつまりこの繭は僕の遠い遠いおじいさんなのかもしれないのです。ああ!ひいひいひいひいひいひいおじいさんお久しぶりです。お会いできて光栄です。感謝感激感服仕りまして候。「……えいっ!」あっ、左手め何をする!
僕の左手は僕の制御も聞かずにコッヘルを流し台へと持っていくと三角コーナーの上でくるりと反転させた。そしておもむろに水道の蛇口をひねる。水道から勢いよく飛び出した水が全てを洗い流していく。
 消えていく臭い。
 霞んでいく繭。
 セピアカラーの沈殿物が、そして繭が、ゆっくりと解体していく。
 生命の……終わり。
 ――ある人がこんなことを言っているのを聞いたことがあります。「命というものは終りがあるから美しい」この言葉の真意を僕は掴みかねておりましたが、今回、僕のコッヘルの中で生まれ、コッヘルの中でその短い命を終えたあの繭のことを思うと、この言葉がいかに含蓄に富んだものであるかがわかるような気になるのであります。ああ、三角コーナーの中でゆっくりと崩壊していくあの肢体のなんと美しかったことか!命は燃やし尽くすためのものなのです。小学生たちがプールの授業ではしゃいでいる声が聞こえてきます。もうすぐ夏がやってくるのです。あの暑い暑い夏が。僕はこの夏、また、ひいひい……(中略)…ひいおじいさんに会えるのでしょうか? わかりません。人生というものは一期一会と申しますし。まあでも、とりあえず、夏合宿ではコッヘルの中に梅干を2つ入れておこうと思います。そんな感じです。コッヘルはきちんと洗いましょう。あと、やっぱり避妊もしっかりしましょう。まあ、僕を含め、サークルメンバーにはあまり関係なさそうな話題ですけど。

コッヘルを放置しすぎて中身が酸化して穴が開いたという猛者もいるので、僕ももっと頑張らなければいけないなあと思いました。まる。