いざ立て戦人よ

不安になってきた。何がって、働くことについてである。昨日今日と2日続けてバイトに入ったのだが、バイト中あまりにも退屈、倦怠、鬱然、求眠、空腹、などを覚えるのでそもそも働くことに向いていないのではないかと思ってしまうのだ。しかし僕とて人並みの責任感程度は持ち合わせているのであり、人様からお給金を頂いてこの軽作業賃労働に従事している以上、最低限の任務は遂行しなければいけない。であるからして、僕はバイト中ずっと、先程挙げた退屈、倦怠、鬱然、求眠、空腹などと頭の中で激しい鬩ぎ合いを繰り広げることになる。その鬩ぎ合いは、さながら天下分け目の関ヶ原、どちらが勝つか予断を許さない状況であり、僕は常にそのような極限の緊張状況に置かれるのである。今のところは何とか我が軍優勢の状況を維持できてはいるが、もしほんの僅かでも気を緩めれば敵はその虚に乗じて一気に攻め入ってくるかもしれないし、小早川の裏切りだってあるかもしれない。それゆえ一瞬たりとも気を抜くことはできない。で、結局のところ僕はこのような緊張状況に耐え抜く自信がないのである。そして僕は己の人並みの責任感に基づいて判断すると、目的達成のため尽力すること能はぬのであれば、初めからそのような職務に就くべきではないのではないか、と、そう思うのである。とはいえ、腹が減っては戦ができぬ、というもので、さらにそれ以前の問題としてその腹を満たすべき食物を購入するための先立つものが必要なことは明確であり、それは棚からぼた餅のように降って来るはずもあるわけがなく、やはり僕は働かなければならないのだった。鞭を打ったところで結局後続馬群に沈もうとも、それでも鞭を打ち続けなければならないのである。生きていくためには。生きていくのは大変だ。とても。とてもね。そういうわけで僕は何とかして就業しないといけない。思うが、自分はいつも同じことばかり言っている。反省・進歩がまるでないようである。困った。まあいいけど。さて、行動を観察すればその人の信念が分かる、と言ったのはパースという人であるが、っていうことは、つまり行動すりゃ信念は後からついて来るということなのではあるまいか。うん、きっとそうだろう。そう思うことにする。だから行動すればよいのだ。そこで僕は暫時放置しっ放しであったリクルート・ナビゲーションの略称であろうリクナビにログインし企業情報を集めることにした。久方振りにリクナビに対面すると、特別DMなるものが何と100通以上も溜まっているではないか。早速チェックしてみると、様々な企業からの連絡が届いており、それらを要約すれば「貴殿よ是非我が社に来たまえ」という趣旨であった。何だこんなダメな僕ではあるがそれでも多くの企業から求められているではないか。と思い気分がよくなった。これだけ沢山の会社がアイニージューアイウォンチュー言ってるのだからダメ人間にはダメ人間なりの勤め方があるのだろう。あーよかったこれなら僕でも働くことができる、さて、リクナビを閉じようかな。と右上×ボタンにマウスを動かそうとしたが、待てよ、と思った。ついでだから採用過程も見てみることにしよう。あれだけ希求されていれば楽勝で会社なんて入れるのだろう。と思った己は愚かだった。試しにそれら特別DMの一つをクリックして見てみたら何か4次面接とかグループディスカッションやらとんでもない言葉がWEBページ上を闊歩しているではないか。まさか、と思い他のページを見てみても、どこも同じような文字が躍っている。さらにあるところの採用人数を見て僕は愕然とした。一桁!ヒトケタ!何だそれ!応募人数は数百人もいるのに。あれだけ「貴殿は特別である」と宣っておきながらそれはちょっとないんじゃないか。ひどい。これではまるで付き合っているときはとてもカッコイイ男性だったのに結婚してみたら鼻くそを穿りながら屁をこきお笑い番組を見ながら爆笑しているぐーたら男に成り果ててしまった、みたいなものではないか。期待させておいて落胆させるってのはひどい。それならば初めから期待なんてさせないで欲しい。夢なんて抱かせないで欲しい。絶望した。働くこと自体も大変なのに、それ以前に就業することが大変なんて、一体どうすればよいのか。ああ、また退屈、倦怠、鬱然、求眠、空腹が僕の中に生じてきた。鬩ぎ合いが生じてきた。関ヶ原だ。関ヶ原だ。

「……ちょっと、寝てないで起きて下さい」
「あっ、す、すみませんすみません」

寝てたのではなく僕は関ヶ原の合戦場にいたのですよ、と言いたいが、それをぐっと堪え、欠伸を噛みしめる。そして再び馬へと跨り、合戦場へと駆けて行くのだ。