スーパーサイズ・ミー
自慢じゃないが、ビックマックが大好きだ。フランスに行ったときに入ったマックでも迷わずビックマックを注文した。ハハン、ビックマックなんて所詮普通のハンバーガーを重ねただけだろ、とか言いだす人とはまあ友達にはなることはないだろう。全然違う。何がいいって、デカイのがいい。口に入らない。ちょっと潰して食べる。そこがいい。無駄な感じが。大きい、ってことはそれだけで正義足りうるんじゃないかと個人的には思っている。大きいは、正義。なのだ。
しかし本映画によって(因果関係について当のマクドナルドは否定しているようだが)アメリカのマックにおいてスーパーサイズというものはなくなってしまったそうだ。悲しい。一度注文して、出てきたものを見て、「何だこれw馬鹿じゃねーの、デカ過ぎ」とか言って笑ってみたかった。それを選択する人間がいる以上、その選択肢自体を削除してしまう、というのはどうなんだろうか。必要のない人間は選択しなければそれで済む話ではないのか。自分で選択したものについての責任を相手に課すというのは、どうも違うような気がしてならない。それにわざわざマクドナルドのみを槍玉にあげるというのもいかがなものだろうか、と思ったが、まあそれはトップ企業の宿命というものなのだろう。相手側に責任を転嫁するというのは容易いけれど、自らを律することは大変に難しい、ということを痛感した。
[rakuten:book:11645921:detail]