パイロットフィッシュ 大崎善生

パイロットフィッシュ (角川文庫)
 装丁が綺麗だったので借りた、先日図書館で借りた本のうちの1冊。「パイロットフィッシュ」とは熱帯魚を飼う際に水槽の中にバクテリアの生態系を作るために一番最初に入れる魚のこと。へー。
 この物語の核は、やはり主人公の語る「記憶」にあると思う。人間の体のどこかにある湖。そこにはありとあらゆる記憶が沈んでいて、失われたはずの過去が沈殿している。そのようにして語られる記憶に対する主人公の考察には、なるほど、と頷かされる。そして最後に主人公は、今の自分というのはいろんな人たちと過した時間の記憶の集合体である、と述べている。あれ、これって乙一の暗黒童話と同じじゃないか。ただ違う点は、パイロットフィッシュの主人公は、昔、自分は「感性の集合体」であると思っており、年を経てやっぱり自分は「記憶の集合体」なんじゃないか、と思うに至ったという点である。主人公はそれを受け入れて始めてしまったことによって、友人の森本と同じように「目を閉じると白い犬がくるくると回り続ける」ようになる。くるくると回る白い犬とはおそらく行き場のなくなった感性の隠喩であり、主人公はもう戻れないのだ。きっと可奈に買ってやった子犬というのは、境界を越えるか越えないかという伏線を示すものだったのだろう。それにしても、主人公は事実を受け入れて前を向いて生きていこうと決めたのにもかかわらず、あのラストは悲しすぎると思った。それともやはりあそこで1回躊躇したから、そのせいで白い犬がくるくると回り始めたんだろうか。うーむ。
 全体として表現も綺麗で文章も流暢だからすっと物語に引きこまれるようにして読むことができた。面白い小説だったと思う。ただ、「月刊エレクト」はないだろ、と思った(笑