分散
おじいさんは山へしばかりに行きおばあさんは川へ洗濯に行き僕はエアコンのない部屋の中でテスト勉強に励む。今日からまるまる10日間ほどテストのためにとったバイトの休み、つまりこれは本来ならばバイトをすることで得られるはずであった数万をもふいにして獲得した非常に貴重な時間であるので、この期間、己は真面目に勉学に取り組まなければいけない。が、しかし、暑い。暑いのである。シャツとパンツ1枚になっても暑い。シャワーを浴びても暑い。扇風機の風はぬるい。外から聞こえてくる餓鬼の「夏ってマジ最高ッス」的ボイスが暑さで朦朧とした頭の中でずんちゃかずんちゃかと飛び跳ねてリフレインするそんな中で僕は、そういや昔テスト前に読んだ憲法の教科書に、「健康で文化的な最低限度の生活」にエアコンの所有は認められてるとか書いてなかったか、だったら僕は健康で文化的な最低限度の生活以下なのかイライライラああでもあれって老人限定だったっけ?などとそんな3年も前の記憶をなんとなく思い出していたら余計に暑くなってきて、ああもうこの暑さには耐えられない!と音を上げてリビングに逃げ出す。天国。そう、エアコンの効いたリビングは天国。パラダイス。ホントにさーエアコン作ったやつ神だわ、と人間の素晴らしき叡智に感謝の意を示しつつ、よく冷えたコーラを飲む。頭の中で炭酸がパチパチと弾け、いまだ頭に残っている餓鬼のボイスと相殺して消えていく。コーラのおかげで明瞭になった僕は町田康の「告白」を読み進める。なぜ勉強をしないで本など読んでるんだよお前馬鹿かやる気あんのか、という人もいるかもしれないが、それは何も分かっちゃいない人間の発言だ。僕はつい先ほど心理学の勉強のなかで「集中学習よりも分散学習、つまり適度に休憩を取りつつ勉強した方がずっと効率がよいのであるよ」ということを学んだので、さっそく実行に移すことにし、勉強の合間の休憩として小説を読んでいるのである。ただでさえ体中の細胞が震えだすくらいに面白い町田康の小説が、テスト勉強の合間に読むことで、さらに300倍は面白くなって、体中の細胞が震えだすどころか共振したタコマ橋のようにダイナミックに踊り狂い、そりゃ踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損々ってわけで僕もテンションをガンガン上げて常時スーパーハイテンション状態で小説にのめり込みぬめり込みまくっていると、いつのまにやら1時間ほど時間が経っている。おういかんいかんと思って再び自室に戻りパソコンの前に座って暗記のための情報をまとめたりするのだが、暑い→餓鬼ボイス→イライラ→無理となってリビングに再びカムバックして本を読む。また気がつくとかなりの時間が経っているので急いで部屋に戻る。暑い……、と、そんなことを一日繰り返していた。でもまあ分散学習のおかげか、情報をまとめてルーズリーフに書き写した心理学暗記用ペーパーも完成したし、特論の暗記用模解も大体出来た。それに「告白」も400ページくらい読んだ。でもまだあと200ページ以上もあって僕は幸せすぎる。こんな感じで毎日楽しく勉強が進めばよいのだが。